弊社のインターンの体験(2日間の仙台出張)

2011/11/28 Monday
インターン ショーン・ゴロトコスキー
仙台の様子 3月の東北の震災と津波が発生する前は、多くの外国人にとって仙台はあまり聞き覚えのない地名でした。災害の様子がメディアによって放送されるやいなや、仙台の知名度は一気に上がりました。特に私の記憶に残っているのは、仙台空港のセキュリティカメラが捉えた、津波が徐々に滑走路を飲み込み、ついには空港にまで押し寄せたときの映像でした。しかし、仙台のいくつかのエリアでは震災の影響がなかったとも聞いていたので、仙台出張の話を聞いたときには、どんな世界が広がっているのか想像ができませんでした。破壊的な震災の影響により機能を失った都市を見るのか、はたまた全ては既に通常の生活に戻っているのか。

企業としてトレイントラックスは、震災被害にあった東北の方々に対して支援活動を行う義務を感じていました。ですから救援活動のための資金調達を目的に開催されるチャリティーコンサートのプロモーションの話があったとき、東北の復興に貢献できるいい機会であると考えたのでした。イベントは仙台で開催されるため、多くの視聴者を確保するために地元の新聞、ラジオ、テレビ局でのイベント告知が必要でした。私は同僚と仙台に行き、彼が各メディアの担当者と面会している間、複雑な日本の会議の様子を観察していました。2日間、十数もの面会を終えた後、お辞儀の仕方、名刺交換、「頂戴いたします」のような正しい言葉づかいを覚えました。

また、メディアとの個人的なつながりを築くことの重要性を学びました。ただ単にプレスリリースや情報を配信するだけでなく、当事者間のコミュニケーションをよりスムーズにするために、仙台(現地)へ行き、直接面会することの重要性を痛感しました。個人と個人のつながりは企業の未来を築く助けになるのです。私の乏しい日本語力では、面会中の会話はあまり理解できませんでしたが、それでも充分に興味深いものでした。出張中の忙しいスケジュールを縫って、仙台名物の牛たんを味わうこともできました。とにかく忙しい旅行で、二日間街中を歩き回り足が棒のようでした。2日目は早く帰りの新幹線に乗りたくてたまりませんでした。だってそうすれば、とにかく椅子に座ってしばらくゆっくりできるからです。

仙台での短い滞在の間、私は震災や津波の跡を探しました。多くの町や村が長引く被害に苦しむ中、仙台にはほとんど震災の影響が残っていませんでした。街の日常を見ていると、わずか6か月前にあの恐ろしい震災があったとは信じられませんでした。仙台に向かう電車の窓から見える都市近郊の田舎町でさえ、何の被害の跡も見られませんでした。もしかしたら、面会に継ぐ面会で、あまりにも忙しなく動いていたので見逃したか、よく観察できていなかったのかもしれません。しかし、私が何も見つけられなかったという事実こそ、そこに住む人々の回復の証なのだと思います。

とにもかくにも私の人生初の日本の出張旅行は、災害の中心近くを訪れたと同時に、興味深い体験になりました。仙台は本当に素晴らしい街で、次回はのんびりと訪れたいと思います。